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Từ điển

Chi tiết từ

粛侯 (趙)

紀元前333年、軍を派遣して魏の黄を包囲したが、落とせなかった。長城を築いた。 紀元前332年、斉と魏の攻撃を受けた。趙軍が黄河を決壊させて両軍にそそがせると、斉・魏の軍は撤退した。 紀元前328年、趙疵が秦と戦って敗れ、河西で殺害された。秦は趙の藺と離石を奪った。 紀元前326年、粛侯は死去した。在位24年。 『史記』趙世家

Từ liên quan

趙粛

用の供給を途絶えさせなかった。宇文泰が「趙粛は洛陽の主人というべきなり」と評した。541年、別駕のまま鎮南将軍・金紫光禄大夫・都督の位を加えられた。義徒の軍を率いて、大塢に拠って守備した。また行台左丞を兼ねて、東道を慰撫した。543年、行華山郡事をつとめた。 547年、廷尉少卿に任ぜられた。548年

列侯 (趙)

を富裕にしてやるのはいいが身分を高くするのはよろしくない」と答えた。そこで列侯は「田を1万畝やれ」と命じた。公仲連は応じたがその気はなかった。いずれ列侯が目を覚ますと思っていたからだ。1ヵ月後、列侯はその後のことを聞いたが「まだ適当な田が見つからないので」と言葉を濁し

献侯 (趙)

浣。代成君の子。 大叔父の趙襄子に太子として立てられた。 紀元前425年、趙襄子が死去すると、献侯が若くして即位して、中牟に都を置いた。しかし、趙襄子の弟の趙桓子が献侯を追放して、代で自ら即位した。 紀元前424年、趙桓子が死去すると、趙の国人たちは趙桓子の子と兄弟を殺害して浣を迎えた。

成侯 (趙)

に秦を攻撃した。紀元前360年、魏を助けて斉を攻撃した。紀元前359年、韓や魏と晋を分割し、晋君を端氏に封じた。 紀元前358年、成侯は魏の恵王と葛孽で会見した。紀元前356年、斉の威王や宋公と平陸で会合し、燕の文公と阿で会合した。紀元前355年、魏が材木を贈ってきたため、それを使って檀台を作った。

趙

趙(ちょう)は、中国の王朝名、地名。地名としての趙は、戦国時代の趙の版図である現在の山西省と河北省の一部を指す。 三晋の一国で戦国七雄に数えられる趙(紀元前403年 - 紀元前228年) 五胡十六国時代に匈奴の大単于に就いた劉淵が建てた漢を後継者の劉曜が改称した趙(304年 - 329年)

侯

(1)大小名。 諸侯。 「老~」 (2)五等爵の第二位。 侯爵。

厳粛

(1)おごそかで, 心が引き締まるさま。 「会場は~な雰囲気につつまれた」「式は~にとりおこなわれた」 (2)きびしくゆるがせにできないさま。 「~な事実」 ﹛派生﹜~さ(名)

粛清

厳しく取り締まって, 不正な者を除くこと。 特に独裁政党などにおいて, 反対派を追放すること。 「血の~」「反対分子を~する」

粛党

政党内部を粛正すること。

甘粛

中国, 黄河の上流域を占める省。 草原地帯で羊・牛などの牧畜が盛ん。 シルクロードが通り, 古く西域への交通路として重要な役割を果たした。 敦煌・玉門などの古都がある。 省都, 蘭州。 別名, 隴(ロウ)。 カンスー。

振粛

衰えたものをふるい起こし, ゆるんだものを引き締めること。 「全校の風紀を~しなければなりません/坊っちゃん(漱石)」

静粛

静かに慎んでいる・こと(さま)。 「~に願います」「~な聴衆」 ﹛派生﹜~ さ(名)

粛啓

手紙の初めに書く語。 つつしんで申し上げる意。 謹啓。 粛白。 拝啓。

粛正

※一※ (名) 厳しく取り締まって, 不正を取り除くこと。 「綱紀を~する」 ※二※ (形動) つつしみ深いさま。 「容貌端厳(タンゲン)~にして/慨世士伝(逍遥)」

粛殺

秋の気が草木を枯らすこと。

粛白

手紙文の初めに書く語。 つつしんで申しあげるの意。 敬白。

粛然

(1)静まりかえっているさま。 また, かしこまり静まるさま。 「恩師の前に~と控える」「此満堂~として鎮静し/経国美談(竜渓)」 (2)礼儀正しく, おちついたさま。 また, おごそかなさま。 「彼等は…火の気のない室(ヘヤ)に~と坐つてゐた/門(漱石)」

粛王

粛王(しゅくおう)は、中国戦国時代の楚の王。姓は羋、氏は熊。諱は臧。悼王の子。 悼王21年(紀元前381年)、悼王が薨去すると、後を嗣いで楚王となった。即位直後、呉起を殺害して悼王の遺体を傷つけた貴族70家あまりを逮捕して三族まで処刑した。 粛王4年(紀元前377年)、蜀の攻撃を受けて、茲方を奪わ

粛順

処分を主張し、斬刑に処した(戊午科場案)。また、貨幣改鋳にまつわる不正事件で多数の官僚を処罰する一方、別の一派から賄賂を受け取り見逃したこともあり(鈔票案)、2大事件を通して官僚組織を牛耳った。 咸豊10年(1860年)、アロー戦争で英仏連合軍が北京を襲撃すると、咸豊帝の「北狩」に随行、熱河の行宮で